NY1999 9/24

2005年09月15日 22:48

=’99 9.24、9:52=
US Airの機内にて。
 今日はH家とナイアガラへ行く予定。朝6:30にWake-up callを頼んだにも関わらず6:00に起床。シャワー浴びてMTV見てホテルを出発。昨日、今日とすごく暖かくていいかんじになった。
 五つ星ホテルに向かう途中のテレビ局でスティングが来るらしいことを放送してたけど、それは放っておいた。
 五つ星で出迎えが来て、40分ぐらいかけてLa gardia空港へ。
 かなり簡単な荷物検査をされて飛行機に。そのまま1時間ぐらい待たされてやっと離陸。
 なんか離陸する際のスピードが異常な速さだった。
 マックを食べたけど、途中で嫌気がさしてきた。俺妊娠してるかも…

 『ベジタリアン万歳!』    NY.バッファロー空港より

 追記:
 ナイアガラはカナダにあるので、パスポートが必要だった。ていうか、カナダも広大で、自然溢れて良かった。
 ここでいう五つ星ホテルとは、「ウォルドルフ・アストリア」の事である。プラザ・ホテルではありません。でも、ホテルの入り口に金属探知機というか、金属探知ゲートがあったのには驚き、と共に土地柄を考慮に入れて納得。
 ベジタリアン、万歳。というか、ただ単に脂っこすぎただけなんじゃないの?

=21:58=
ただいまDays Innに到着。ナイアガラは想像以上だった。圧倒された。

ny19990924


なんか日本の小ささを思い知らされた。でも、その小ささが日本の長所なのかもしれないとか勝手に納得した。でも、別に日本の現在の文化に誇りも持てないし、音楽なんて殆どゴミみたいなものだと思ってるから、日本の長所探しはしなくても。
 と言うより、日本の事を語れる程俺は大きい人間ではないし。
 ナイアガラの話から大分飛んでしまったけど。
 マスミさんというこっちに来て45年になる女性に出会った。そういう生き方もあるんだなあ、と思った。
 カナダはきれいだけど、自然の名所が多いのだなあ、と。
 まあ今までだってヴィクトリアとナイアガラしか行った事はないけど。
 でも、帰りの機内で見た夜景はもう絶対忘れないようにしようと思う。
 こんなに大きい国で、何億人という数の人間が俺の知らない所で生きていて、生活していて存在しているんだ、という重大な事実を確認する事が出来たことは、今回のアメリカの旅で最も核心を突いていると思う。
 今までも、日本でそういう事については考えたりしていたけど、同じ国という事でそこまで実感が沸かなかったけど、ニューヨーク、アメリカはやっぱり大きかった。
 この事についてはまた後で。
 今日はナイアガラ楽しかった。

 『エンパイアとWhat a wonderful world』

 追記:
 ペパロニピッツァの、日本論。大したものではない。むしろ、凝り固まった崇米主義者のようにすら見えてならない。まだ良いものは良いと言えない、私であった。この一ヵ月後に京都に旅行に行って、日本の素晴らしさを認識したので、成長した。
 マスミさんは、戦後アメリカに移住して、アメリカ人と結婚してカナダでツアーコンダクターとして働いていた女性。そういう人生も、あるんだなあ。
 帰りの機内で見た夜景は、3年経った今でもきちんと覚えている。アメリカの夜景は目に優しいオレンジ色が強い。

NY1999 9/25

2005年09月15日 22:46

=’99 9.25、12:40=
7th AveのMcDonald'sにて。
 朝7時過ぎに起きて、シャワー浴びてその後Rちゃんに電話した後、ホテルを出発。
 歩きに歩いてセントラル・パークに到着。すごいきれいだった。ニューヨーカーはマラソン好きらしい。
 リス(野生?)が沢山いた。しかも少し人間慣れしていた。

ny19990925


その後、一マイルぐらい歩いてメトロポリタン美術館へ。予想以上の大きさだった。
 クリムトの絵を見られてうれしかった。ピカソのも。感動した。過去の記憶を垣間見たって所か。
 その後アッパーEをウィンドウショッピング。
 週末だからか分からないけど、通り全部を使ってFlea marketをやってた。


ny19990925a


それで、ホテル付近の電器屋でMP3とSonyのヘッドフォン買ったら、少々ボラれた。でも、NYへのチップだと思えば安いものだ。
 なんかくやしいけど、しょうがないと思ったけどくやしい。
 一気に落胆するヒマもなく、ホテルに帰還してすぐ出発。$17で保育園と親に絵を買って現在に至る。

 『スペイン人には要注意、あの人はスペイン人なのか?いや、違うかも知れない。気を緩めるな、マンハッタン・・・』

 追記:
 Rちゃんとは、元彼女のこと。無事を知らせる電話をした、のかな。セントラル・パークはきれいだった。そして広かった。やたらマラソンをしている人が沢山いて、びっくりした。もちろん、映画で見るような感じでみんな走っていたのでちょっと嬉しかった。
 リスはリスで、シマリスとは違って大きめだった。しかも、噂で聞いたのだけども、あのリスは毒を持っているらしい。迂闊に触らないでよかった。。。
 メトロポリタンも、素晴らしかった。その頃私はクリムトの絵が好きだったので、この目で見る事が出来て感動した。ピカソのも。
 フリーマーケットも、通りをずーーーっと露店が軒を並べていて、規模の大きさにびっくりさせられた。ニューヨークってほんとにアレだね。

=20:59=
俺はどうしようもない人間だ。
 またボラれた。
 ほんとムカツクけど、なんかその手の込みようにびっくりした。ほんとすごい。大金を費やしてやっと辿りついた事実は、
 人を信用し切ってはいけない。ということ。
 お母さんごめんなさい。お金は必ず返します。

 『自分を殴っても気が済まん』

ny19990925b


追記:
 ヒスパニック系の経営する電器屋。ウィンドウにビシビシ並べられた華やかなお店には要注意。日本人だとわかるとかなりフレンドリーにしてくる。いや、日本人だからなのか、若いからなのか、騙された。ニューヨークって、ほんとにアレだね。
 この日の「自分を殴っても気が済まん」って、結構面白いセリフだ。

=22:00=
今日は本当に色々あった。
 前々ページ(二つ上の枠)の後に、Mちゃんのいるコートヤードホテルまで行った。そう、その前に地下鉄に乗って国際貿易センターまで行った。地上107階の眺めは最高!だった。

ny19990925c


その後、コートヤード。そしてダコタハウスを目指してTAXIに乗る。
 朝と同様またセントラルパークに行く羽目に。ダコタハウスは何の変哲もないアパートメントだった。
 でも、向かいのパーク内の「イマジンの碑」は感動した。花とか添えられてた。リンダの誕生日が24日だったらしい。
 その後又、タクシーに乗ってエンパイアステートビルに向かったのだけど、TAXIに乗る時に、「34th、5th Ave.」と伝えたのに、黒人の運転手が、「Fifth」を全然聞き取ってくれなかった。
 結局目的地に着いたは着いたんだけども、降りる時に俺が間違って伝えてたかどうかはっきりさせたくて質問したらすごく機嫌悪そうだった。
 なんか自分の英語の発音力と、イントネーションとかに自信を無くした。別にあったという訳でもなかったけど。
 通じないのがくやしかったし、謝ろうと思って言った事まで逆にこっちが正当化しようと思われたりしてさんざんだった。まあ、でもそれは文化のせいかもだけど。
 エンパイアは夜景がキレイだったし、みんなにおみやげも買えたし、良かったのは良かった。HMVでも買い物できたし。
 でもやっぱり最終日にこんな痛い事ばっかり起きるとちょっちブルーになってしまうのもしょうがないのかな。
 やっぱり言葉が通じてる上に向こうの話してる事も理解できてる状況でだまされるのは気持ち良いものではないや。こっちが日本人てだけであんな風にされるのも尚更だね。
 まあ、シアトルと比べたら日本人は唯の”カモ”にしか見えないのかもしれない。シアトルはニューヨーク程人種が入り乱れてるという訳でもないし、日系が多いし。
 両親には本当に申し訳ないとしか言えない。あれだけ注意されてたのに、結果こうなってしまうなんて情けない極地だ。
 うちの親は本当にいい親だ。だから、その親が自まん出来るような息子になれるように。
 悪いと思う気持ちからこんな事を思うのがもしかしたら一番非道いのかも。
 もう、自分の短所、なさけない部分を挙げたらキリがないし、しかも今日で憧れだったニューヨークも最後だから、すっきりした気分で終われるようにしたいな。

 『山あり、谷あり、ニューヨークにペパロニピッツァあり』

 追記:
 今は亡き、貿易センタービルに登ったのも、今では良い思い出。思い出で片付けられないとは思うけども、当時の私は今こんな事になるなんて考えもしなかった。
 ダコタハウスは普通だった。ヨーコもいなかった。ちなみにこの「リンダの誕生日」とは、ポール・マッカートニーの亡くなった奥さんの事。
 キャブ・ドライバーの話は、電器店での話に勝るとも劣らない、自己嫌悪に陥る一件。「fifth」を発音するのは、唇を連続して噛まなきゃならないので、つらい。私には難しかった。だから、指をひとつずづ折って、「1、2、3、4、5のfifthだ」とジェスチャーで伝えた。その時から運転手は機嫌が悪かった。のかも。
 タクシーを降り際に、「私はあなたに5番目と言いましたか?」と英語で聞いたんです。「自分では五番目と言ったつもりだったけど、私の英語力が足りなくて、すいません」とその後続けて言おうとした。
 そしたら彼は「あんたがここって言ったからここまで来たんだよ。なんか文句あるのか?」とか言われてしまった。
 彼はきっと、私が文句を言おうと思ったと、思ったんだと、思う。ただ私は謝りたかっただけだったのに。
 その、自己主張をするというアメリカの大きな文化によって、私の小さな謝罪の念はかき消されてしまった。のだ。
 それと、ボッタクリ、も色々あった。もう、語るのも嫌なぐらい反省したので、よしとしよう。(自己完結)
 エンパイアステート・ビルからの夜景は、今まで見てきた景色の中で最高だった。こんなにも灯りが綺麗だと思えるのは、ニューヨークの魔力、魅力だろう。


それにしても、内容の濃い5日間だった。
 この旅のお陰で、精神的にも、人間的にも鍛えられた気がする。
 また近いうちにアメリカに行きたいな、と思った。
 今度はもっともっと楽しいといいな。

 『えー、この旅は』

 追記:
 あ、この日の一言、面白い。
 5日間、楽しんだり、驚いたり、感動したり、怒られたり、ぼったくられたり、色々あった。でも、それを全部ひっくるめて思い出に出来る所が、旅行の素晴らしい部分であるとも思った。とにかく、3年前の出来事とは思えないぐらい鮮明に頭の中に残っていて、自分でもびっくりした。

NY1999 9/26

2005年09月15日 22:45

=’99 9.26、12:56=
ついにニューヨークを発たなくてはならない日がやってきてしまった。
 こんな事を書いてる今はもうユナイテッドの機内なんだけれども。
 ついにアメリカ大陸も見納めだ。次に来れるのはいつになるか全くわからないから、きっちりと脳裏に焼き付けておかなくては。

 『サヨウナラ、マンハッタン。』

ny19990926


追記:
 とか言いながら、次の年にもまたここに来る事になるとは、この時は思ってもみなかっただろうに。
 2000年度版ペパロニピッツァニューヨーク徒然日記もお楽しみください。

Profile

ペパロニピッツァ

Author:ペパロニピッツァ
fleasoul管理人
本名でmixiしてます
Flickrで写真も撮ります
My "Myspace"
My imeem
HOME

最近の記事